2023.02.03
アナゴは、「常磐もの」のなかで、近年注目度が上がっている魚種のひとつだ。底びき網漁や筒(どう)を使った“どう漁業”で年中水揚げがあり、特に冬に獲れるアナゴは脂乗りが良く美味。ウナギによく似た姿をしているが、その生態や味には違いがある。例えば、ウナギは産卵期を海で過ごし、孵化した後は淡水域で生活する。一方アナゴは、一生を海で過ごす。また、アナゴはウナギに比べるとさっぱりした味わいで、カロリーが低くヘルシーという特徴がある。
福島では以前より水揚げされていたが、地元での認知度が上がってきたのはここ数年。豊洲など都心の市場で評価が高いこともあり、多くが県外に出ていたのだという。しかし地元の飲食店や加工会社の尽力もあり、少しずつ注目度が上がってきている。 アナゴ普及の一翼を担っているのが、ボリュームたっぷりのアナゴ料理を提供する飲食店『さかなや食堂ウロコジュウ』と、アナゴの加工品を販売する『おさかなひろば はま水』。店舗に赴き、店主にアナゴの魅力を聞いた。
いわき市小名浜にある『さかなや食堂ウロコジュウ』は、新鮮な魚料理を手頃な価格で食べられる人気店。昼の3時間で200人以上が来店することもあるという。「安く美味しいものを食べていただきたいので、協力してください」と、食券やお水はセルフ制。人件費を減らし、その分お客さんに還元しようというコンセプトだ。 刺身定食や海鮮丼などたくさんのメニューがある中、アナゴは“天ぷら”と“煮物”で提供。店主の金成勝弘さんいわく、常磐もののアナゴは「驚くほど脂が乗っている」。底びき網漁が禁漁となる時期に他産地のものを使ったが、脂乗りが悪く「常磐もののアナゴは美味い」と再認識するきっかけになったという。
『ウロコジュウ』の穴子天丼には、アナゴの天ぷらがたっぷりのっている。「うちのメニューは素材がドーン」という豪快さが、金成さんのこだわり。「アナゴが食べたくて、穴子天丼を頼むのだから、目当ての素材をたらふく食べてもらいたい」という想いが反映されている。
東北では、アナゴは煮穴子にするのが主流。『ウロコジュウ』でも丼で提供しており、しっとりと味わい深い煮穴子を堪能できる。
現在は自ら調理場に立つ金成さんだが、元々は70年以上続いた蒲鉾製造会社の4代目。海のすぐ側にあった工場は、津波で全壊してしまったという。費用の問題もあり蒲鉾工場の再建を断念し、観光物産センター『いわき・ら・ら・ミュウ』で鮮魚や加工品の販売店『ウロコジュウ』をはじめた。
そこでお客さんから言われたのは、「せっかくいわきに来たんだから、美味しいものを食べたい」という言葉。震災後、地元の新鮮な魚を食べられる飲食店が減ってしまっていることを危惧し、「自分でやれば良い」と一念発起。新たな場所で『ウロコジュウ』を飲食店に変更した。
飲食業は初挑戦だったが、「仕入れた魚を調理して食べてもらうと、みんなが美味い美味いと食べてくれた」。段々と自信が付き、今では行列ができる人気店に。金成さんは「震災後、発信することの大切さを知った」と語る。昔は自ら発信することを嫌っていたが、「主張しないと気付いてもらえないと分かった」そう。福島には、アナゴだけでなく「意外と知られていない美味しい魚がたくさんある」。気付いてもらえるのを待つだけでなく、自ら想いを語り、発信していく。その姿勢の裏には、提供する魚や料理に対する確かな自信があった。
『おさかなひろば はま水』は、いわき市久之浜にある鮮魚店だ。コミュニティ商業施設『浜風きらら』内にあり、新鮮な魚や干物など、常磐ものを専門に扱っている。一部商品はオンラインでも販売しており、中でも特に人気なのが「手焼き真穴子」。代表の阿部峻久さんによると、「出品するとすぐに売り切れてしまう」ほどの人気だそう。
「手焼き真穴子」は、常磐ものの大きなアナゴを使った人気商品。“浜のお母さん”が作った秘伝のタレとアナゴのあっさりした脂がマッチした逸品で、リピーターも多いという。手焼きの焦げ感やにおいも真空パックで閉じ込められており、自宅で“浜の味”を手軽に楽しむことができる。
小さなアナゴは寿司ネタとして高く取引されていたため、大きなアナゴで「なにか作れないか?」と考えたことが開発のきっかけ。当初は煮穴子にしてみたが、分厚い身はあまり向いていなかったという。「焼いてみたら、そっちのほうが美味しかった」と阿部さん。
「手焼き真穴子」開発の背景には、コロナ禍により売り上げが減少したことがある。お店に来てもらうだけでなくオンラインで届けられるものを作らねばと考え、新商品の開発をはじめた。「常磐ものでなにが商品化できるか?」を考える中で、目を付けたのがアナゴ。「200種ほど水揚げされる常磐ものの中で、水揚げ量のわりに注目されていない」と思ったのがアナゴだったのだ。
もともと、阿部さんは魚や海とは関係のない仕事をしていた。父親は船のエンジニア、祖父は渡し船の船頭をしており海と縁はあったものの、自分自身が魚の仕事をするとは思っていなかったという。前職で起業支援をする中、思ったのは「自分が創業していないのに、人のコンサルティングをするなんておこがましい」ということ。新たな第一歩を踏み出す先として、魚業界での創業を選んだ。魚を触ったことも無かったが、日々努力し、今ではヒラメの神経締めやアンコウの吊るし切りなどもできるようになった。
「はま水」では、鮮度抜群な常磐ものの魚を一夜干しにした「ほしのうた」シリーズや、アンコウを使った商品なども販売している。阿部さんの活動は、「はま水」で新商品の開発を続け、常磐ものの魅力を発信するだけではない。地域の漁業衰退に歯止めをかけるべく、漁師の担い手育成や養殖事業、海洋資源保全などにも積極的に取り組んでいるのだ。福島の漁業を次世代に残していくため、自治体や事業者と手を取り合いながら、阿部さんの挑戦は続いていく。