2022.12.07
ヤナギムシガレイは、常磐ものを代表する高級魚だ。
あっさりした味わいで、旬は冬から春。抱卵期は皮目に脂が乗り、さらに深い味わいを楽しめる。柳や笹の葉のようにほっそりしているため、地域により「ヤナギガレイ」「ササガレイ」などと呼ばれている。特に一夜干しが人気で、贈り物として使われることも多い。味がよく人気の魚だが、水揚げ量が少ないため高価な魚となっている。
年間を通じてヤナギムシガレイを味わえるのが、相馬市の内陸部にある『和料理 みはらし』。震災後に現在の場所へ移転し、その後10年にわたり地元民に愛されながら営業を続けている。
ヤナギムシガレイを使った料理は、数あるメニューの中でもダントツの1番人気。お客さんの中には「カレイは“ヤナギ”しか食べない」と宣言する人や、ヤナギムシガレイを求めて週に1度のペースで来店する人もいるそう。
菊地さんいわく、ヤナギムシガレイは「カレイの王様」のような存在。クセが無く、「ふわっとした食感で、とろけるような上品な味」だと語る。ランチメニュー「みはらし膳」では、自家製の一夜干しの焼き物を1匹まるごと提供。高級魚を味わうことができるとあって、このメニューを楽しみに来店する人も多いそう。
焼き物だけでなく、唐揚げにして食べるのも美味だ。一夜干しの唐揚げを提供する飲食店もあるが、みはらしでは、生のヤナギムシガレイを揚げる。硬い中骨以外は食べられ、ふわふわな白身の味わいとヒレや皮の香ばしさが味わえる。
菊地さんの料理を求め、『みはらし』には遠方から訪れるファンも多い。順調に見えるが、ここまでの道のりは決して安易なものではなかった。 かつて、菊地さんは海水浴場の近くで旅館と飲食店を経営していた。しかし2011年に東日本大震災が起き、「津波ですべて流された」。現在の場所で『みはらし』を再開したのは、震災から1年半ほど経った頃だ。再開の背中を押したのは、震災前から付き合いの深かった漁師たちの「必ずまた魚を獲ってくる」という言葉だったという。
福島の魚を使うことにこだわりがあったため「地魚を使えないなら商売にならない」と店の再開を躊躇したが、漁師たちは菊地さんに力強く伝えた。「今すぐはダメでも、いつか必ず魚を獲ってくる。そうしたらまた地魚料理を提供してほしい」。 再開当初は漁獲量が少なく、店では扱えなかった地元の魚も、今では当たり前のように仕入れることができる。今の『みはらし』があるのは、「いつか必ず獲ってくる」という漁師たちの強い意気込みがあったからだ。「自分たちも頑張るから、おたくも頑張って」という言葉に後押しされて、もう10年。「漁師さんたちの言葉一つひとつがありがたかった。恩返ししなくちゃ」と菊地さんは言う。
漁師たちの力強い言葉、そして震災前から通ってくれるお客さんに支えられ、『みはらし』は営業を続けている。10年以上通うお客さんの中には、年を重ね足腰が弱くなってしまった人もいるという。「それでも足を運んでくれる。本当に感謝しています」と菊地さんは語る。
◎住所:福島県相馬市中野字寺前2−1
◎営業時間:11時半~14時/17時~21時半(L.O.21時)
◎定休日:月曜
ヤナギムシガレイの干物は、贈り物としても需要が高い。松川浦沿いに加工場を構える『ループ食品』でも、ヤナギムシガレイの干物は人気だという。
『ループ食品』は、干物や惣菜、冷凍食品などを販売している。市場から車で1分という立地を活かし、新鮮な状態で相馬の魚を加工・販売している。森さんは、ヤナギムシガレイについて「1度食べたらほかのカレイは食べられなくなる」ほど美味しいと話す。 森さんいわく、ヤナギムシガレイは「昔から“非常に美味しい”と好まれている魚」。高級食材ということもあり、日常的に食べることは少ない。しかし地元で獲れるだけに「いろんな人に食べてもらえたら」と考え、商品化した。
ヤナギムシガレイは干物にする魚として「市場でも1~2位を争うほど、高値が付く魚」。だからこそ、加工には細心の注意を払っている。一定の品質を保つため、塩水分や温度、干す時間など、慎重に調整しているという。「なるべくしっとり仕上げたい」という想いから、特に気を遣うのは水分量。大きさにより乾燥時間も変えている。
『ループ食品』の強みは、食材を直接買い付けできること。仲買の権利を持っているため、仲卸を仲介せず新鮮な状態で魚を仕入れることができる。森さんは「相馬の魚を、まずは地元の人に食べてもらいたい」と語る。展開の構想は、地元だけに留まらない。「県内、県外と広げ、いつか国を超えて美味しさを広めていきたい」と、常磐ものの未来を見据えていた。